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大阪高等裁判所 昭和51年(ツ)81号 判決

上告人

竹内美佐子

右訴訟代理人

門前武彦

被上告人

三輪亮太郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人門前武彦の上告理由第一について

民法六〇八条二項が準用する民法一九六条二項が「占有者カ占有物ノ改良ノ為メニ費シタル金額其他ノ有益費ニ付テハ其価格ノ増加カ現存スル場合ニ限リ回復者ノ選択ニ従ヒ其費シタル金額又ハ増加額ヲ償還セシムルコトヲ得」と規定するのは、有益費は必要費と異なり、必ずこれを支出しなければならないものではなく、むしろさし当つては占有者の便宜のために支出されるものであつて、右支出によつて占有の目的物の価格が増加しても右支出による当面の受益者である占有者の使用等により価格の減少を生じるものであり、回復者が目的物を回復した時点において価格の増加が現存していてはじめて回復者に利得を生じるものであるから、回復者に右現存額を償還させるだけで充分であり、一方、回復者に占有者の支出額を超える額を償還させる必要もないから、そのいずれの額を償還するかを回復者の選択するところに委ねたものと解される。そして、右支出額および価格増加の現存額の立証はこれを支出し、その後も目的物を占有している占有者にさせるのが容易といえ、とくに占有者は有益費償還請求権について目的物につき留置権を有するから、占有者が留置権を行使する場合には同復者としては支出額はもとよりとして価格増加の現存額を把握することは通常困難であると認められる。このように、義務者である回復者に選択権が認められている事項について権利者である占有者が権利の主張をする以上権利者において義務者が選択権を行使するための判断資料を提供すべきもの、すなわち右二個の額を主張立証すべきものと解すべきであつて、そう解するのが右権利の性質に照らしても、また立証の難易の観点からしても相当といえ、有益費償還請求権がそれよりはるかに価値の多い物を留置する権能を伴うことが多いことからすれば、このような権利を主張する側に叙上の主張立証責任を負わせることが不公平になるということはできないのである。それゆえ、これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二について

記録によれば、上告人は、被上告人から上告人主張の有益費に関してはその増加現存価値がない旨具体的な主張を受けながら、増加現存価値についてなんら主張せず、その立証のための証拠申請もしていないことが明らかである。その他記録に照らしてみても、原審に所論の釈明権不行使の違法があるということができない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(朝田孝 藪田康雄 川口冨男)

上告代理人門前武彦の上告理由

第一 原判決の民法第六〇八条二項、同一九六条二項適用の誤まり

(一) 原判決は上告人の被上告人に対する必要費と有益費の償還請求に対し、有益費の償還請求を総て排斥してしまつている。その理由とする所は、現存増価額についての立証がないという点にある。原判決は、上告人が有益費の償還請求をするについては、上告人の有益費としての支出金額とその支出によつて目的物件に現存する価値増加額の両方を立証しなければならないとする。原判決が有益費の支出金額と有益費による現存価額の両方の立証を必要とする理由は、被上告人に選択の資料を提供するためとする。しかし右に述べた原判決の民法六〇八条二項と同一九六条二項(原判決が一九六条二二項―原判決一〇丁表―とするは誤記)の解釈は、右規定の文理上も、上告人と被上告人の公平という見地からも、誤まつた解釈である。

(二) 民法六〇八条二項は『賃借人が有益費ヲ出タシタルトキハ……』としている。『賃借人が有益費ヲ出シ且ツソノ現存増加額ヲモ明ラカニシタルトキハ……』とは規定していない。従つて有益費の償還を請求する賃借人はまず有益費を支出したことを立証すればそれで十分であるというべきである。そして有益費の支出を立証するかぎりは、支出とその金額は事実としては密接不可分の関係にあるから、当然その支出金額をも立証することになる。そこで上告人は原審で有益費の支出とその支出金額を立証したのである。これに対して明確にしておかなければならないことは、被上告人は原審に於て未だ選択権を行使していないということである。この点につき、原審判決は前述のように被上告人の選択の資料とするため、有益費支出額と価値増加現存額の両方を立証すべしとするのであるが、そもそも選択権は被上告人の自由な判断により、その責任に於て行使されるべきものであり、選択権の行使に際しては、被上告人独自の判断により、資料が必要なら被上告人独自の力で集めた上で選択権を行使すべきである。そこで被上告人が価額増加現存額の償還の方を選択するのであれば、それに伴ない上告人の方で、価額増加現存額を立証するということになるのである。即ち被上告人の選択権が行使されて後、その選択に応じて、未だ立証されていない方の金額について立証をすれば良いと解釈すべきであり、それは又両当事者の公平をも図りうると解する。よつて口頭弁論終結時迄に被上告人の選択権が行使されていない以上また現存価額がないとの被上告人からの反証がない以上、上告人からの有益費償還請求は適法になされていると解すべきである。

第二 〈省略〉

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